印象に残った言葉 1

「人と自分を比べない」。 ついつい人と自分を比べてしまうと、あせったり、落ち込んだりする。 だから、人と比べたり、競争しない。 大切なのは昨日より自分が成長したかどうかだけ。


現在ある自分の姿(就いている職業、地位、境遇、人間関係、収入など)は、過去の自分の考え、行動が作り出したものの集大成であり、いまある自分の姿はすべて自分に責任がある。 過去の自分、現在ある自分をすべて受け入れ、肯定することにより、よりよい自分の未来像が描ける。


自分の中で強く想うことは実現してしまう。 => 潜在意識の中に浸透してしまった想いは、良いことも悪いことも実現してしまう。 => 顕在意識下で発する否定的な言葉、悲観的な言葉、消極的な言葉やその思いは潜在意識に浸透し、影響を及ぼす。 


ひとに与えるものが自分に返って来る。 (因果応報) => What we give is what we receive. (シャーリー・マクレーン著Out on a Limbより) 

自分が与えたものが結局は自分に返ってくる。 人に多くの喜びと幸せ、感動を与えれば、自分にも多く喜びと幸せ、感動が返ってくる。 精神的な面でも物質的な面においても同じことがいえるのではないか。


「どうやら、自分が生きている価値や意味があるという感じや、自分が必要とされているという感じがある時に、人は生きがいを感じるものらしい。 

必要とされているということは、自分が生きていることに対する責任感であり、人生において他ならぬ自分が果たすべき役割があるということを自覚することである。 

生きがい感は生存充実感であって、感情の起伏や体験の変化を含み、生命を前進させるもの、つまり喜び、勇気、希望などによって、自分の生活内容が豊かに充実しているという感じなのである」 (飯田史彦著 「生きがいの創造」)


世の中で起こることは、すべて必然、必要であることを知り、過去も現状も肯定し、現在しなければならないことに、喜んで「いのち」をかけること。 (船井幸雄氏)


自分の身に起こることは、すべて自分が引き寄せているといっていいこと。 また、自分を通してすべてがわかるようになっていること。 (船井幸雄氏)


人間は、まず人間という種、ついで自分の長所と得手なものを伸ばし、活かすことで、自分のため人のために貢献するのを目的としてこの世に生まれてきたと考えていい。 その時、短所、不得手なことには、できるだけ触れないよう心がけるべきであろう。 (船井幸雄氏)


意思決定をする時には、(1)納得できること、(2)良心に合うこと、(3)自然の摂理に合うこと、(4)確信のあること、(5)自分に適していること、(6)自分のためか、人のため、世の中のためになること、(7)したいこと、(8)他人に恨まれないこと・・・・・などの諸条件に合うことしか、それを実行しようと考えたり、実行の意思決定をしてはいけないようです。 (船井幸雄氏)


およそ人生の一切の事件は、ほとんどそのすべてが自己の心で解決される。 (中村天風氏)


否定的な言葉、悲観的な言葉、消極的な言葉を決して口に語らせない。 (中村天風氏)


人間はこの世の中をよくするため、人の役に立つために生まれてきた。 (船井幸雄氏)


自己の好きなこと、得意なこと、長所を伸ばして、世の中に貢献する。 (船井幸雄氏)


現在の自分の全てを受け入れることは、自分の過去もすべて全肯定する。 (船井幸雄氏)


人間として正しいことをしていれば宇宙が反応する。 (船井幸雄氏)


自分に起こることはすべて必然、必要、ベストなこと。 (船井幸雄氏)


今現在与えられていること、仕事、人間関係、環境はすべて自分がよりよくなる為にある。 (船井幸雄氏)


各個人に信念、理想、哲学が必要であると同様に、企業にも理念が必要。


強く想うことによって何事も実現するように大宇宙の法則は秩序だてられている。 (船井幸雄氏)


"Listen more, speak less. Read more, write less." 「もっと、耳を傾け、口数を減らせ。 もっと読書を積み、執筆を控えよ」 (松本亨博士が松本道弘氏へ送った言葉)


「心の中で思ったり考えたりすることを心のスクリーンに想像力を応用して描くと、それが期せずして強固な信念となる。 信念となると、それがいつかは具体化するのが必然の神秘なんだ」 (中村天風氏)


「動機善なりや、私心なかりしか」 「善とは普遍的によきことであり、普遍的とは誰からみてもそうだということです。 自他ともにその動機が受け入れられるものでなければならない。 動機が善であり、実行過程が善であれば、結果は問う必要はない。 必ず成功する」 (稲盛和夫氏)


「山より大きな猪は出ない」 (孫正義氏)


「凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前に在り」 (藤田 田氏)


「君はそのような試練を自分に与えて生きるに値する、素晴らしい人間だ。 人はみな、自分のレベルに合わせて、がんばって手を伸ばせば届くような、ちょうど良い高さのハードルを自分に与えて生まれてくる。 自分に解けないような課題を、用意しているはずがない。 

君は、その試練を乗り超えるに値する人間だからこそ、いま、ここに生きているんだ。 君の心の真ん中にいる本当の自分が、そのことを、一番よく知っているはずだ。 なぜなら、君自身が、自分にぴったりの挑戦課題として選んだことなのだから」 => 自分で乗り越えられない問題は自分に与えられない (飯田史彦 著 「生きがいのマネジメント」)


目線の高さでその人の人生が決まる (大前研一氏)


鎖に繋がれてお前は生きるのかい、 夢が痩せちまうぜ、 あきらめた顔のまま老いぼれてしまうのかい、 汗も流さないで、 Gold Rush ! 馬車を出せ、 Gold Rush ! 時代の荒野へ、 Gold Rush ! 魂の シャベルで、 金を掘り起こせ、 ひと山当てたら お前もスーパー・スター、 そうさ 今は Gold Rush ! (矢沢永吉氏 「鎖を引きちぎれ」より)


「闘う旅人、アントニオ猪木。 今、相手のいないリングにたった一人でたたずんでいます。 

思えば38年に及ぶプロレス人生。 旅から旅への連続であり、そして猪木の精神も旅の連続であった。 安住の場所を嫌い、突き進んでは出口を求め、飛び出しては次なる場所に歩を進め、ドン底からの新日旗揚げ、世界王者とのストロングマッチ、大物日本人対決、格闘技世界一決定戦、IWGP、巖流島、人質解放、国会に卍固め、魔性のスリーパー。 

決して人生に保険をかけることなく、その刹那、刹那を燃やし続ければよいという生き様。 猪木はこの後の舵をどの方向にとろうというのか。 ひとりひとりのファンの胸には今、どんな闘いの情景が写し出されているのか。 

猪木は、すべての人間が内包している闘う魂をリング上で代演する宿命にあった。 しかし、この瞬間をもって猪木はリングから姿を消す。 

我々はどうやって火を灯していけばいいのか。 物質に恵まれた世紀末、商業主義に踊る世紀末、情報が豊かでとても心が貧しい世の中、一人で闘うことを忘れかけた人々。 もう我々は闘魂に癒されながら時代の砂漠をさまよってはいられない。 我々は今日をもって猪木から自立しなければならない。 闘魂のかけらを携えて、今度は我々が旅に出る番だ。闘魂は連鎖する。 

1943年2月20日、鶴見に生まれしひとりの男の子。 姓名、猪木寛至、闘魂の火ダネ。 貴方を見続けることが出来たことを光栄に思います。 燃える闘魂に感謝。ありがとう、アントニオ猪木!」 (アントニオ猪木引退試合での古舘伊知郎氏のナレーションより)


「私は今、感動と感激そして素晴らしい空間の中に立っています。 心の奥底からわき上がる皆様に対する感謝と熱い思いを止めることが出来ません。 カウントダウンが始まってからかなりの時間がたちました。 

いよいよ今日がこのガウン姿が最後となります。 思えば右も左も分からない青年が力道山の手によってブラジルから連れ戻されました。 それから38年の月日が流れてしまいました。 最初にこのリングに立ったときは興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、今日はこのような大勢の皆様の前で最後のご挨拶が出来る ということは本当に熱い思いで言葉になりません。 

私は色紙にいつの日か闘魂という文字を書くようになりました。 そしてある人が燃える闘魂と名付けてくれました。 闘魂とは己に打ち勝つことそして闘いを通じて己の魂を磨いていくことだと思います。 

最後に私から皆様にメッセージを贈りたいと思います。 人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。 この道を行けばどうなるものか危ぶむなかれ。 危ぶめば道はなし。 踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。 迷わず行けよ。 行けば分かるさ。 ありがとう!」 (アントニオ猪木 引退試合での挨拶より)


我、大力量あり、すなわち風に倒るる (ある禅僧の言葉)


”自分が負けてくやしい仕事”をせな人間生きてる甲斐がない (青木 雄二氏)


「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が持つ最高の価値なのではないでしょうか。 

そして私たちは、「思い通りにならない」という「価値ある現実」から出発して、「思い通りにならない人生」をいかに正しく苦悩しながら生き、ふだんは思い通りにならないからこそ時おり出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。 

それが、この物質世界で人間として生きることの意味であり、人生とは、「思い通りにならない」からこそ価値があるのです。 (飯田史彦 著 「生きがいの本質」)


天職と適職は違います。 この二つは、よく混同されがちですが、違いをはっきりさせることが大切です。 その違いは、宿命と運命の違いによく似ています。 

宿命に当たるのが天職です。 天から授かった職業。 自分の魂のための仕事です。 自分が好きで仕方がないこと、あるいは、人に喜んでもらえることです。

一方、 運命に当たるのが適職です。 これは、自分が持っている頭脳や肉体のいい部分を使って、お金を稼げる職業のことをいいます。 あくまで現世で生きていくための手段でしかありません。

天職と適職が同じという人はほとんどいません。 同じなのはかなり珍しいことです。 なぜなら、天職は収益にならないことが多いからです。

この天職と適職の定義を、しかっりと理解して生きていくのと、曖昧にしたまま仕事で悩みつづけるのとでは、人生にかなり差が出てきます。 天職と適職、両輪のバランスを上手にとれれば、人生のドライブは快適なものになるでしょう。 (江原 啓之著 「スピリチュアル・ブック」)


私が子供の頃、「人間は何のために生まれてきたのか」ということをじっと考えた末に私なりの結論を得た。 それは、「私は、やりたいことをやるために、この世に生まれてきたのだ」ということだった。

まだ、子供だから、稚拙な考えではあったが、いま考えてみると、そんなに間違ってはいないと思う。 先の登山家は、山から人生を学ぶために生まれてきたといってもいいほど、一生山を愛し、山で過ごした。 もちろん、登山家が金持ちになれるわけがないから、豪邸も建てられなかったし、ゴージャスな生活は何ひとつしなかったと思う。 しかし、なぜ、彼の人生が豊かなのかと考えると、それはまさにやりたいことをやって、死んでいったからではないだろうか。

ここでもう一度、人生を立ち止まり、自分は何をしたいのだろうと考えることは必要ではないだろうか。 (謝 世輝著 「言霊の法則」)

 
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