■自分の悩みなどちっぽけに思えてくる動画、書籍など - 英語学習の伸び悩み、スランプ時、人生で絶望の淵をさまよっているときに見るべき -


モッピー!お金がたまるポイントサイト



2017/12/24

生きていると、どんなひとにも浮き沈みというものが少なからずある。

理由は何であれ、人生で深い悩みの中に沈んだとき、ひとは自分の殻の中にどんどん閉じこもっていく傾向がある。

そして自己否定気味になり、自分がこの世に生まれてきた理由さえ考えることもある。

いよいよ煮詰まってきて自分の中でどうしようもなくなってきたときに一度、見てみる価値のある動画と書籍がある。

それは、中村久子さん、ニック・ブイヂ、スーザン・トムのものだ。

人生で一度は触れてみることを強くお薦めする。


中村久子さんとは? 

■YOUTUBE動画=>中村久子

中村 久子(なかむら ひさこ)

1897年11月25日 - 1968年3月19日

明治~昭和期の興行芸人、作家。

両手・両足の切断というハンデにも拘らず自立した生活を送った女性として知られる。

■幼少期:

1897年(明治30年)11月25日、岐阜県大野郡高山町(現・高山市)で父・釜鳴栄太郎と母・あやの長女として出生し、幼名は「ひさ」。

弟に栄三がいる。2歳の時に左足の甲に起こした凍傷が左手、右手、右足と移り、凍傷の影響による高熱と手足が真黒に焼ける痛みと苦しみに昼夜の別なく襲われた。

3歳の時にこの凍傷が元で特発性脱疽(だっそ)となる。

手術すべきか否か、幾度となく親族会議が行われたが、決断を下さないうちに、左手が手首からポロリと崩れ落ちたという。

その後右手は手首、左足は膝とかかとの中間、右足はかかとから切断する。

幾度も両手両足を切断し3歳の幼さで闘病生活が始まる。

7歳の時に、父・栄太郎が急性脳膜炎により急逝。

さらに不幸は続き10歳の時に弟の栄三とも生き別れをした。

そんな激動の生活の中、彼女を支えてくれたのは祖母ゆきと母あやであった。

祖母と母の厳しくも愛情のある子育てのお蔭で、久子は文字や編み物をできるようにまでなった。


■青年期:

1916年(大正5年)、20歳になった久子は地元高山を離れ、上京し横浜市などで一人暮らしを始めた。

その後、母と再婚した藤田という継父から虐待を受けた。

間もなく久子は自立するために、身売りされる形で「だるま娘」の名で見世物小屋での芸人として働くようになり、両手の無い体での裁縫や編み物を見せる芸を披露した。

後に結婚し、富子(次女、1924年生まれ)らをもうけて、祖母の死や夫の死という不幸に見舞われながらもくじける事なく、子供たちを養い気丈に働き続けた。

1934年(昭和9年)にようやく興行界から去った。

久子は見世物小屋で働き始めた時「恩恵にすがって生きれば甘えから抜け出せない。一人で生きていかなければ」と決意し、生涯を通じて国による障害者の制度による保障を受けることは無かった。


■見世物小屋を辞めてから晩年まで:

1937年(昭和12年)4月17日、41歳の久子は東京日比谷公会堂でヘレン・ケラーと出会う。



久子はその時口を使って作った日本人形をケラーに贈った。

ケラーは久子を、「私より不幸な人、私より偉大な人」と賞賛した。

翌42歳の時、福永鷲邦に出会い、「歎異抄」を知る。

50歳頃より、執筆活動・講演活動・各施設慰問活動を始め、全国の身障者および健常者に大きな生きる力と光を与えた。

久子は講演で全国を回る中で自分の奇異な生い立ちを語るとともに、自分の体について恨む言葉も無く、むしろ障害のおかげで強く生きられる機会を貰ったとして「『無手無足』は仏より賜った身体、生かされている喜びと尊さ(を感じる)」と感謝の言葉を述べ、「人間は肉体のみで生きるのではなく、心で生きるのだ」と語っている。

1950年(昭和25年)54歳の時、高山身障者福祉会が発足し初代会長に就任する。

65歳の時、厚生大臣賞を受賞した。

1968年(昭和43年)3月19日、脳溢血により高山市天満町の自宅において波乱に満ちた生涯に幕を閉じる。

享年72。

遺言により遺体は、娘の富子らによって献体された。


■語録:

「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだと言うことです。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ。」

(晩年に行われた講演会において)



■詩

『ある ある ある』

中村久子

さわやかな 秋の朝

「タオル取ってちょうだい」

「おーい」と答える 良人(おっと)がある

「ハーイ」という 娘がおる

歯をみがく 義歯(いれば)の取り外し

かおを洗う

短いけれど 指のない まるい つよい手が

何でもしてくれる

断端(だんたん)に骨のない やわらかい腕もある

何でもしてくる 短い手もある

ある ある ある

みんなある

さわやかな 秋の朝


■関連書籍:

こころの手足―中村久子自伝


両手がなくて唯一不便を感じたのは、感謝の心を表すために合掌ができないことだったという。


1937年(昭和12年)に来日したヘレン・ケラー女史に贈る人形と共に







 ニック・ブイヂとは?

■YOUTUBE動画=>ニックブイチチ講演(日本語訳付き)

ニック・ヴイチチ、ニック・ブイヂ

1982年生まれ

オーストラリアのキリスト教伝道師でモチベーション・スピーカー。

テトラ・アメリア症候群を持って生まれ、四肢がない。


■略歴:

手足がないことで幼少期を肉体的、精神的に大きな苦労とともに成長する。

その間、何度も絶望に襲われ自殺を考えた。

それを思いとどまったのは両親の愛と両親への感謝からであった。


中学生の時にはクイーンズランドのランコーン州立高校のキャプテンに選出され、地元の慈善団体の資金調達イベントで働く。

17歳で彼自身の祈りの会で講演をはじめ、後に彼自身の非営利団体を設立する。

自分自身の世話をすべて自分で行い、水泳、サーフィン、ボート、魚釣りなどありとあらゆるレジャーを楽しんでいる。

ブイヂは35か国を訪問し、施設や学校などで講演を行っている。

2012年2月12日には、アメリカ合衆国カリフォルニア州にて日本人女性と結婚した。

現在2児の父。

■関連書籍:

神さまに教えてもらった負けない心のつくり方









スーザン・トムとは?

■YOUTUBE動画=>My Flesh and Blood (2003) (Full Documentary)


スーザン・トムとは?

難病や障害を持つ子供たちを引き取り養親として育てている人物。 

彼女の生活を撮ったドキュメンタリー「My Flesh & Blood」は、2003年の「国際アムステルダムドキュメンタリー映画祭観客賞」、「サンダンス映画祭監督賞/観客賞」を受賞した。

この物語は、アメリカのカリフォルニア州に住む養親のスーザン・トムと難病や障害を持つ養子たちの1年間の記録ドキュメンタリー。

スーザンは夫と離婚して2人の実子と11人の養子たちと暮らしてる。 各々の子どもたちは手足に障害を持ったり、全身に火傷を負っていたり、また難病や知的障害を抱えていたりする。 

15歳のジョーは水嚢胞性繊維症という病を持ち、4歳の時にスーザン宅にくる。 ADHDという発達障害もあり、他の養子やスーザンともよく衝突をして困らせるが、彼には生みの母親がいて時々面会にも訪れる。 しかし、母親は彼を残して再婚し、オレゴンに去ってしまう。 

それからしばらくして彼は呼吸困難となり、スーザンに見とられてこの世を去る。 

「あの子は嵐の様な子だったわ。でも苦労とは思わなかった。私の子ですもの」

「子どもはすばらしいものを秘めた宝物。喜びも悲しみもわけてくれる」

「病気も障害も何もかもひっくるめて私の子です」

と話すスーザンに、無条件で愛されている子どもたちの生き生きとした表情が印象に残る。


■関連DVD:

My Flesh & Blood [DVD] [Import]


感動という単純な言葉では到底表現できない。

このドキュメンタリーを見ればいかに自分が恵まれているか、自分の悩みなどなんてちっぽけなものかを教えてくれる。

幼いころ、障害をもって生まれてきた為、親が養育を放棄した子供たちを引き取って一人で育てているスーザン。

両足のない子、全身大やけどを負った子、嚢胞性線維症の子・・・。

その子供達から想像できないほどの悩みをぶつけられ、真正面から受け止めるスーザン。

そして子供達は前向きに生きようとしていく。その姿に悲愴感はなく、カリフォルニアの太陽のようにからっと明るい。

本当の意味で「生きている」。

2003年の「国際アムステルダムドキュメンタリー映画祭観客賞」、「サンダンス映画祭監督賞/観客賞」受賞作品。





■Who is Susan Tom?



Susan Tom (born 1948) is a woman from Fairfield, California, who became famous when HBO aired a documentary, "My Flesh and Blood," about her in 2003.

Tom is the biological mother of two children, and the adoptive mother of eleven children with special needs.

Susan was previously married and adopted her first two children, while still with her husband. Following the birth of her two now fully grown boys, Jeremy and Ben, Susan decided that she wanted a girl and adopted her daughter Emily from South Korea.

Following Emily's adoption, the social worker from her case again got in contact with Susan and inquired as to if she'd be able to take in a newborn suffering from failure to thrive and numerous other health conditions, Margaret.

According to Susan, it's at this point her and her husband, Philip, began to drift apart. Eventually, the strain was too much and the couple separated. Over the next decade, Susan went on to adopt 9 other children with special needs. Children who likely wouldn't have found stable homes otherwise.

In her own words, Susan explained the drastic expansion as follows, "Well from three to four isn't that much of a jump and at that point what's five? After five, the noise isn't going to get any louder and you're already cooking big meals so, well- it's not that hard to get to twelve."

Susan Tom was nominated, in 2003, for the "Most Inspirational Person of the Year Award", sponsored by beliefnet.com. Tom lost that award to Archbishop Joseph O'Malley, but she was later awarded with assembly woman Louis Wolk's "Woman of the Year" award, which was given on March 24, 2003 in Sacramento.

Susan Tom and two of her friends established the "Susan Tom Family Foundation", which aims to educate the public about various diseases that affect children and which accepts donations for her families education.

In the summer of 2005, the show Extreme Makeover: Home Edition built Susan and her family a new house. The Toms went to Walt Disney World while the EM team built the house. The show mentioned Anthony's death (a few clips of him from My Flesh and Blood showed up during the episode).


■Tom's children:

Here is a partial list of Tom's children and their characteristics:

・Anthony: (b.1982-d.2004) Anthony had a rare skin disease that usually does not allow people to reach adulthood and he died from cancer in December 2004.

・Faith: Faith suffered burns as an infant. She has excelled as a student and overcome the constant taunts of fellow students. Faith is also an avid reader.

・Hannah: An avid swimmer, Hannah was born without legs. She maintains a great relationship with her adoptive sister, Xenia, in particular. As stated on Extreme Makeover, she loves to draw.

・Joe (b.1987–d.2002): Joe had psychological problems, as well as cystic fibrosis. Arguably the most outspoken of Tom's children during the documentary, he died of cystic fibrosis complications while the documentary was being filmed.

・Margaret: Margaret was adopted by Tom, following brain surgery as an infant, and she has no current major health problems. She has become Tom's top assistant and a loving sister to her adoptive siblings. Margaret is in school to become a nurse.

・Xenia: Also born without legs, Xenia is an avid figure skater, using her arms to practice her favorite sport. Xenia is described by her family as flirtatious and has had some significant boy friendships during her life. As seen on Extreme Makeover: Home Edition, Xenia stated she wanted to travel the world, specifically Africa (she was born in Russia). She also has an interest in photography and has a great sense of humor. When getting into the new car EM gave Margaret, Xenia got in and joked, "Look at all the legroom!!"

・Olivia(Livvy): Livvy was born with spina bifida, uses a wheelchair, and loves board games.
Cloe: Cloe was born with the inability to bend her elbows and knees. She has an interest in fashion.

・Katie: Katie was born with Fetal Alcohol Syndrome and is mentally challenged. Katie loves the Backstreet Boys.

・Susie: (b.1978-d.1999) Had the same rare skin disease as Anthony (Epidermolysis bullosa). She died at age 21, prior to the filming of My Flesh and Blood

・Emily: adopted from Korea by Tom during her marriage.



=>Back