■読んではいけない人物伝 森啓成 (もりよしなり)
楢崎皐月 - 超古代カタカムナ文献解読、天才物理学者、星一からの援助を受ける -

楢崎皐月とは?


楢崎 皐月(ならさき さつき)別資料では(ならさき こうげつ)

1899年5月9日 - 1974年7月31日

日本の物理学者・電気技術者。

カタカムナ文献を解読。



■概要:
1899年5月9日、山口県東萩の母方の実家で誕生した。
その後、北海道札幌市で育った。

母方の祖父・楢崎寛直は旧長州藩士で、初代長野県令を務めた。

実父・丹野軍治は旧伊達藩士で、屯田兵として北海道の開拓に従事した。 後に楢崎家を継ぎ、中学校卒業後上京。

1917年、日本電子工業・電気学校で学んだ。
卒業後、20代で国産の特殊絶縁油を開発。
日本石油と契約を結び、フリーランスの技術者として活躍。

その後、石原莞爾の助言を受け、福島県相馬郡に亜鉛から
人造石油をつくるプラント工場を設立した。

1943年、東條英機の要請により、満州吉林省河北の陸軍製鉄技術試験場の所長として赴任した。 陸軍の製鉄所の建設地決定の為に大地電気分布の構造を実測した。

1944年、満州、吉林で盧有三(90歳位)老子教老師と会い、
古伝(日本の超古代文明:八鏡の文字を持ったアシア族)
について聞かされた。 その時、老師に伝わっている鉄器の熱伝導のよさに驚いた。(注記: 木の葉でお湯が沸いた。)

1945年8月13日、衆議院議員で星製薬社長の星一の援助で、星製薬内に重畳波研究所を置いた。 旧海軍技術研究所の関係者や技術者と「化成会」を創設した。 「重畳波研究所」の研究テーマは、「日本の新しい農業技術の開発」だった。

1948年、全国の大地電位の分布実測調査(3年間で、17,000ヶ所を調査)を始めた。

1949年、1月から3月頃、兵庫県六甲山山系の金鳥山(俗称:狐塚付近)の生活中に平十字(ひらとうじ)と出会った
(平十字: カタカムナ神社の宮司)。

平十字の所持していた巻物のカタカムナ文字を大学ノートに書き写した。(カタカムナ文字: ペトログラフ(古代文字))

1950年、「植物波農法」の指導を始めた。

1957年、全国静電研究連合会を発足した。

1966年、「日本の第一次文明期の特徴」で、昭和19年〜24年に体験した先住古代文明(カタカムナ)の知識について語り始めた。

昭和43年(1968)、「古事記」等の古文書の読解を始めた。 

1969年12月4日、弟子になる宇野多美恵(52歳)と出会う。

昭和45年1970年6月11日、企画された単位ごとの「天然会」(全8部会)を発足した。 宇野は、婦人部会(宇野天然会)で『相似象』を発刊(宇野天然会、第二号の発刊を機に「相似象学会」と改称)した。 相似象学会誌は、全26巻発行された。

1974年7月に『相似象』第7号を発行した。
同年7月31日、75歳で死去した。


■カタカムナ文明とは:
カタカムナ文明(カタカムナぶんめい)は、物理学者の楢崎皐月が提唱した、先史時代の日本に存在したとされる超古代文明。

・概要:
縄文時代以前、旧石器時代末期に存在したとされる。
極めて高度な科学技術や独自の哲学体系を持っていたことが、神代文字で記された文献(通称「カタカムナ文献」)から
推測されるが、この文明の存在を示す遺構や遺物は、この文献以外は見つかっておらず、原本の所在も不明である。

日本で初めてカタカムナ文明の存在を唱えたのは楢崎皐月である。

楢崎は『古事記』や『日本書紀』等を参考に、5年をかけて
「カタカムナ文献」の解読に成功。その内容が自然科学的な
実用書であった事を突きとめた。この文字はそれが
祀られていたとされる神社の名から「カタカムナ文字」と
呼ばれ、その文字を使用していた文明として「カタカムナ文明」が提唱された。

■カタカムナ文献:
古史古伝のひとつ。「カタカムナ文明」の実在を示している
とされる書物である。カタカムナ文字によって記された
80首の詩歌で構成されており、第1首が「カタカムナ
ヒヒキ マノスヘシ アシアトウアン ウツシマツル
カタカムナ ウタヒ」と解読された事から、
『カタカムナのウタヒ』、略称「カタカムナ」と呼ばれる。
古史古伝の研究者である吾郷清彦は「神名歌集」と称している。

原本は所在不明の「カタカムナ神社」の御神体とされており、江戸時代に作成された巻物であるという。 この左から右へ開かれる長い巻物の中に80個の渦巻状の文字(カタカムナ文字)で記されていた。文中に「アシアトウアン ウツシマツル」という言葉があり、この「アシアトウアン」という人物が写本を作成した可能性が高いともいわれる。またその語感から陰陽師の蘆屋道満(道摩法師)との関係を主張する人もいる。

内容は全てカタカムナ文字で構成された詩歌の形で書かれており、人間の本質や世界の構成について記されているという。

■発見の経緯:
楢崎が、植物細胞電位変動波農法(植物波農法)の研究中に出会った、平十字(ひら とうじ)と名乗る人物が所持する
文献により発見したとされる。

楢崎によれば、1949年(昭和24年)12月から大地電位の測定のために兵庫県六甲山系の金鳥山中で調査を行っていたところ、父が「カタカムナ神社の宮司」と名乗る平十字という猟師と出会い、その神社の御神体である巻物を見せてもらったという。そこに書かれていたのは円と直線で作られた幾何学的な文字であった。

これが貴重な文献であると直感した楢崎は、平十字に書写を願い出ると快諾され、楢崎は研究用に持っていた大学ノートにその文字を全て写し取ったという。

その文章量は一日で写し終わるようなものではなく、それから20日間、楢崎のところへ巻物を手に平十字が毎日通ったという。楢崎の娘によると、楢崎はそれまで度々、実家に葉書を送って安否を知らせていたが、このときは一ヶ月間葉書を寄越さなかったと述懐している。

■カタカムナ文字:
カタカムナ文明において使用されていたとされる文字。
カタカムナ図象文字と呼ばれる。カタカムナ文献はこの文字で記述されている。

中央に「ヤタノカカミ」と呼ばれる図章が記されており、楢崎が満州で交流していた老師から聞かされた、上古代の日本に存在したアシア族の八鏡化美津文字(はっきょうかみつもじ)ではないかと直感し、後にいろは48音に対応するカタカムナ音声符(単音)と、複数の単音を重ねて一つの単語を表すカタカムナ図象符に分類した。楢崎はカタカムナ音声符が片仮名の起源としている。

なお、八鏡化美津文字を略して八鏡文字(はっきょうもじ)、
化美津文字(かみつもじ)又は上津文字ともいう。

■特徴:
いわゆる神代文字であるが、他の神代文字に草書体のような曲線形が多いのに対し、カタカムナ文字は幾何学的な円と直線からのみ成り立っている。
一般的な神代文字が右から左へ縦書きされるのに対し、
カタカムナ文字は渦巻状に時計回りで記され、中央から読み進める。このため複雑な文章は書けず、カタカムナ文献は全て簡潔な歌で表されている。

濁点や半濁点、小さいァやッなどの小書き文字は存在しない。 渦巻きの中央にはそれぞれ「ヤタノカカミ」「フトマニ」
「ミクマリ」と呼ばれる図章が記されている。

二文字あるいは三文字が重なり合って一文字の新しい
字形(カタカムナ図象符)を作る。

超科学書「カタカムナ」の謎―神代文字に秘められた「宇宙と生命」、驚愕の真相 (広済堂ブックス)




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