■読んではいけない人物伝 森啓成 (もりよしなり)
山本顧彌太 - 綿織物会社を設立、財をなす。大正時代、ゴッホの「ひまわり」を2万円で購入 -



山本顧彌太とは?



山本 顧彌太(やまもと こやた)

1886年1月19日 - 1963年11月25日

昭和の日本の実業家。

1886年大阪生まれ。

高校を卒業後、大阪で綿織物を扱う会社を設立し財を成した。

武者小路実篤に傾倒し、白樺派のパトロン的存在となった。

武者小路から白樺派美術館建設構想に協力してもらいたいとの依頼により、1920年にゴッホのひまわりを購入した。

当時の金額で7万フラン(現在の価格に換算すると約2億円)であったという。この作品は空襲により焼失した。

1963年11月25日に死去。


■作品群としての「ひまわり」とその点数について:

ファン・ゴッホの制作した「花瓶に挿された向日葵をモチーフとした油彩の絵画」という定義であれば、7点が制作されたことが広く認められている。

このうち6点が現存している。

この他に、パリにおいて制作されたものを含めて合計で11点(または12点)とする定義があるが、これは花瓶に挿されていない構図も含めている。

ここでは主に前者の「花瓶に挿された向日葵」というほぼ同様の構図をとる作品群について述べる。

同様の構図の作品が複数ある理由については、アルルでの生活・制作の拠点であった「黄色い家」の部屋を飾るためであったとする説がある。

ファン・ゴッホは、「ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女」という作品を中央にして、「ひまわり」(ミュンヘン、ロンドン、アムステルダム、東京にある4点)の何れか2点を両側に展示するというアイデアを手紙に記している。

従って、これらの作品群は習作、不出来のもののやり直しというよりは、やはり複数が揃っていることに意味があったものと思われる。

これは2003年に損保ジャパン東郷青児美術館(現・東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)の企画展で実現した。

■7点の「ひまわり」:

7点とも構図はほぼ同様であるが、向日葵の本数は3本、12本、15本と異なっている。

2番目の作品とされる向日葵は、1920年に実業家の山本顧彌太が、白樺派美術館の設立を考えていた武者小路実篤の依頼により、スイスにて7万フラン(当時のレートで約2万円、現在の価格に換算すると約2億円)で購入した。

1921年、東京京橋の星製薬ビルで展覧会が行われている。

1920年前後の同ビルでは多くの芸術展覧会が開かれており、当時の公開においても「ファン・ゴッホのひまわり」が評判の作品として扱われていたことが分かる。

1924年、大阪で通算3回目の展覧会が開かれたが、美術館設立の構想が頓挫したため、以降兵庫県芦屋市の山本の自宅に飾られていたが、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)8月6日、アメリカ軍の空襲(阪神大空襲)を受け焼失した。

2003年に兵庫県立美術館で開催された「ゴッホ展」において「芦屋のひまわり」というテーマで特集された。

大塚国際美術館が原寸大の陶板で本作を再現し、2014年10月1日から展示している。




番号 ひまわりの本数   制作時期  所蔵
No.1、      3本     1888年8月 個人蔵(アメリカ)

No.2、      5本     1888年8月 滅失(山本顧彌太旧蔵)

No.3、     12本     1888年8月 ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)

No.4、     15本     1888年8月 ナショナルギャラリー(ロンドン)

No.5、     15本     1888年12月-1889年1月 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京) 1888年12月の「耳切り事件」直前に描かれたとする説もある。1987年3月に安田火災海上(現・損害保険ジャパン日本興亜)が3992万1750ドル(当時のレートで約58億円)で購入した(当時の代表取締役であった後藤康男が購入を推進したと言われる)。1997年10月に英紙『サンデー・タイムス』の報道で、エミール・シェフネッケルによる模作であるとする疑惑が持たれたが、1999年の研究調査によりゴッホの真筆と断定された。以降も贋作説が囁かれたものの、ゴッホ美術館の学芸員・修復技官らが再度調査を行った結果、やはり真筆であると報告されている。
 
No.6、    15本   1889年1月 ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム) フ

No.7、     12本  1889年1月 フィラデルフィア美術館(フィラデルフィア)


■参考:

齊藤 了英。
元・大昭和製紙(現・日本製紙)名誉会長。

1990年(平成2年)5月フィンセント・ファン・ゴッホの「医師ガシェの肖像」を125億円で、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」を119億円で落札して話題となる。

その際、「日本間で見るルノワール、ゴッホはいいよ。死んだら棺桶に入れてもらうつもりだ」という文化を冒涜する発言をし、「文化遺産を灰にするつもりか」と英仏の美術界から猛烈な非難を浴びる騒動を招いた。

後に、「作品に対する愛情を表現した言葉のあや」と残している。

「医師ガシェの肖像」は齊藤の死後、サザビーズに売却された。



フィンセント・ファン・ゴッホ『 ひまわり 』(芦屋のひまわり)のマグカップ:フォトマグ*(世界の名画シリーズ)





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