作者の英語歴 (2001/8/14〜、2014年4月5日 更新) 森啓成
年代 年齢 所属 取得資格、免許など 英語歴
1976 7 小学1年 - もの心がついてからの英語との最初の出会いはテレビ番組の「セサミストリート」だったと思う。何を言っているのかは全く理解できなかったが、言っていることが理解できれば面白いだろうなぁと思った。

1981 12 小学6年 - 学校の授業でローマ字を習ったが、特に興味を示したという記憶はない。

1982 13 中学1年 - 香川県の片田舎にある公立中学校にて、はじめて英語を学びはじめる。この頃から、漠然とした都会、更には外国への憧れがあり、頻繁に外国映画を見に行くようになる。 字幕なしで映画を理解したいという”夢”を抱きはじめるが、具体的な対策は全くとっていない。

1983 14 中学2年 - 教科書を音読したという記憶は授業中以外にはあまりないが、試験前には教科書の英文は書いてすべて暗記した。

1984 15 中学3年 - 高校受験の為の英語学習のみ。 会話能力、リスニング能力はゼロに等しかった。

1985 16 高校1年 - 地元の公立高校に通い始めるが、相変わらず英語の授業は中学校の延長線上にあり、読解、文法、単語の暗記が中心。 この頃、美誠社の「英語の構文150」の暗記を始める。 音読も始めるが、もっぱら書いて覚えた。 教科書準拠のテープを購入して聞くが、理解度は20‐30%くらいだったと思う。

1986 17 高校2年 - 通信講座(SIM)で、同時通訳方式による英語の学び方を知り、高2の冬休み頃から、英語を返り読みせずに英語の語順で読み始める。 自宅近くの瀬戸内海が見渡せる小高い丘に登っては、田舎からの脱出を考えていた。 この頃、おぼろげながらに将来は英語を使って海外を股にかける職業に就いきたいと考え始めていた。

1987 18 高校3年 普通自動車免許 研究社の「英文解釈教室」(伊藤和夫著)の全訳を完了。大学入学前の冬から春にかけて、初めて英会話を学ぶ塾に通う。 この頃、初めて、日本語にはない英語の発音(TH, V, F, Rなど)を意識して発音し始める。

1988 19 大学1年 英検2級 四国から関西に出てくる。 大学入学直後に受けた「商業英語」の授業に感銘を受け、ビジネスの場で実際に通用する英語力を身につけようと決心する。 この授業の担当教授との出会いがなければ今の自分はないと言える。 現在もこの教授との交流は続いている。この授業で使用した「商業英語の語法」は自己のバイブル的存在。

1989 20 大学2年 英検準1級
商業英検Cクラス
国連英検Bクラス

生れて初めての海外経験:夏期休暇中、ロス郊外(Phelan)で1ヶ月間のホームステイ。 この体験からアメリカ留学を決意する。留学準備の為、TOEFL受験を始める。

1990 21 大学3年 TOEFL;550点 大学のゼミで国際ビジネスコミュニケーションを専攻。 ゼミの課題で、週間 Student Times、やさしいビジネス英語、ラジオ英会話を定期購読。毎週、ゼミの時間に単語テストを受ける。 この時期、レンタルして見た映画は全てテープに録音し、歩いているときもSilent Shadowingしながら聞いていた。

1991 22 留学1年目 TOEFL;570点 南オレゴン州立大学へ学部編入し、ビジネスを専攻。

1992 23 留学2年目 TOEIC;735点('92、9月)
この頃、米国の大学院へ進学し、米国での就職も考えたが、種々の事情により日本に帰国する。 米国留学から帰国後、就職活動の準備として、TOEICの受験を始める。

1993 24 大学4年 TOEIC;845点('93、1月)
TOEIC;915点('93、9月)
TOEFL;620点

日本の大学に復帰し、引き続き、国際ビジネスコミュニケーションを専攻。ゼミの課題で、週間 Student Times、やさしいビジネス英語、ラジオ英会話を定期購読。 毎週、ゼミの時間に単語テストを受ける。 ゼミにおいて、商業英語検定Bクラスに在学中に合格するという課題があった為、商業英語検定の勉強に力をいれていた。

1994 25 社会人1年目 商業英語検定Aクラス英語部門科目合格 関西系大手家電メーカーへ就職し、海外営業部へ配属される。業務上、英語力のブラッシュアップを感じる。 通訳ガイド国家資格取得のため働きながら専門学校に1年間通う。

1995 26 社会人2年目 通訳ガイド国家資格
国連英検A級
英検1級には継続的に挑戦していたが、数点の差で不合格となっていた。 更に英語力を伸ばすには、早く、核となる専門知識を身に付ける必要があると感じていた。 当時、「英語+?(自分の専門分野の確立)」を非常に強く意識していた。 通訳ガイド国家資格取得(1995年末)を機に、大阪府認定通訳案内業登録をする(1996年登録)。

1996 27 社会人3年目 大阪府認定通訳案内業登録 思うところがあり、26歳-27歳のとき1年間半(1995年12月〜1997年6月)、家電メーカーで働きながら週4回(水、金、土、日)、法律専門学校う。 この間、英語学習とは遠ざかる。

1997 28 社会人4年目 英検1級 約2年間、英語学習と遠ざかっていたのが良かったのか、一旦、英語の学習を再会すると蓄積されていたパワーが爆発し、一気に英検1級に合格する。

1998 29 社会人5年目 TOEIC;920点 当時、自分の進むべき方向性について、いくつかの選択肢(法律事務所開業を目指す、語学専門学校教員職、大学院進学など)を持っていたが、自己の本質との対話を繰り返した結果、損得勘定の希薄な高校時代から心の中に抱いていた自分の将来のイメージ像を信じ、それを追い求めることにした(「好きなことをやって生きる」参照)=>関西系大手家電メーカー退職。 海外出向要員として半導体メーカーへ転職。 業務上、技術英語の必要性を感じ、工業英語の独学を開始する。

1999 30 社会人6年目 TOEIC;945点
工業英検2級(成績優秀合格)
TEP‐TEST 2級

海外出張が多くなり、プレゼンテーション、商談、通訳をする機会が増える。 通訳技術のスキルアップの必要性を感じ、通訳法の独学を開始する。

2000 31 社会人7年目 TOEIC;955点
ボランティア通検A級
通検2級1次

日本青少年育成協会ボランティア通訳登録

引続き、米国を中心に出張ベースで海外へは足を運んでいたが、常に自分の進むべき道はこれで良いのかと自問自答する日々を過ごしていた。 ボランティア通訳検定A級取得を機に、(社)日本青少年育成協会にボランティア通訳登録をする。

2001 32 社会人8年目 TOEIC;960点
ビジネス英検 グレードA

自己の学習体験をまとめたいという思いにかられ、自己啓発の意味もあって2001年7月にホームページをオープンする。 ”乗りかかった船”という思いで、通検1級、国連英検特A級、工業英検1級、TOEIC(満点)取得を目指す。 英語とのつきあいはネバーエンディングストーリーの様相を呈してきた。

2001年11月よりシンガポールへ出向となる。 赴任期間中は目標とする英語関連資格への挑戦は一時休止とならざるを得ないが、実践における英語力に更に磨きをかけるべく奮闘中。 ”意馬心猿”、”英語深遠”。 シンガポール赴任を機に中国語の習得も計画中。 ”中国語の真髄”が掴めるのはいつの日か!?

2002 33 社会人9年目 HSK(漢語水平考試)基礎級 2002年5月21日に33歳を迎えた。 シンガポールでの生活にも慣れ、現地英語のシングリッシュの理解度もアップ(!?)。  帰国時にはTOEIC:990点(満点)取得、国連英検特A級、通検1級、工業英検1級にストレート合格可能な実力養成中。 シンガポール滞在中の目標として、現地での販売実績アップ、中国語のマスター、会計知識の独学を掲げる。

2003 34 社会人10年目 TECC(中国語コミュニケーション能力検定)日常会話レベル 2003年5月21日に34歳になった。 2003年7月にはシンガポールからビジネスとSARSの震源地、中国へ転勤となる。 心機一転、一から中国ビジネスを学ぶこととする。 自我・自欲の非常に強かった20代の頃とは違って、主体性を持って行動しつつも、与えられ、求められれば感謝して、そのことを前向きに受け入れられるようになってきた。 リスクと責任を負って(覚悟を決めて)積極的に行動することを日々の目標とする。 上海赴任中に本場の中国語をマスターし、英・中の二刀流を目指す。 Rolling Stone的生活にピリオドを打ち、身辺が落ち着くのはいつの日か!?

   
2004 35 社会人11年目 TECC(中国語コミュニケーション能力検定)日常会話レベル 2004年5月21日で35歳になった。 シンガポールから上海へ赴任してから約一年が経った。 ビジネス、日常生活においてネイティブと英語で話す機会が殆どなくなり英語表現力の低下を感じる。 英語、中国語のシャドーイングを日々の課題とする。

2005 36 社会人12年目 TECC(中国語コミュニケーション能力検定)日常会話レベル
2005年5月21日で36歳となった。 上海へ赴任してから2年が経過した。 英語面では映画、ニュースの聴解度 90%以上を目指す。 中国語の学習は継続しているが、まだビジネスシーンで交渉可能なレベルには達していない。 実践を意識した英語、中国語のシャドーイングを継続する。

2006 37 社会人13年目 - 2006年7月で上海にきてから3年が経過した。 2006年を振り返ると、英語面では主に最新映画を英語字幕で観て新しい単語、言い回しを楽しみながら学んだ。 中国語の簡単な通訳、スピーチも可能となった。

2007 38 社会人14年目 - 2007年7月で上海での生活も満4年となった。 英語面では引き続きCNN等のニュースを見てリスニング力アップ及び時事英単語/情報収集を続ける。 中国語面では普通語に加え上海語の習得を目指す。

2008 39 社会人15年目 -
2008年2月24日に上海から広東省深セン市に転勤となった。 シンガポール=>上海=>深センと とうとう中国の南の果てまでたどり着いた。 もともと欧米志向だったが、人生はどこでどうなるか分からないものである。 自分に起こる事がすべて必然、必要、ベストとすると深センに来ることももともと人生のシナリオに組み込まれていたことか。 ますますRolling Stone的人生に拍車がかかってきた。 

今後、自分の人生はどこへ転がっていくのか。

A rolling stone gathers lots of fun and experience.
2009 40 社会人16年目 HSK(世界標準中国語テスト)
2009年10月14日に広東省深せん市から日本に帰国した。 シンガポール、上海、深せんでの約8年の海外生活を終えた。 

これまでと同様、そのとき、その場所でしかできないことに全力で取り組んでいくだけだ。

日本への帰国を機にペンディング事項となっていた未取得の資格に継続して挑戦していく。

英語関係では、通訳技能検定試験2級、工業英語検定1級、TOEIC:990点、国連英語検定特A級。

中国語関係では、HSK(世界標準中国語テスト)、中国語検定、TECC。

また趣味の延長線上にあるファイナンシャル・プランナーの資格も取りたいと思う。
2010 41 社会人17年目
- HSK(世界標準中国語テスト)
4級、5級合格 (1級から6級まであり6級が最高レベル)
5級 300満点中253点取得で、旧HSKの8級に相当

- TECC(中国語コミュニケーション能力検定)

- 中国語検定3級合格


2010年は中国語のレベルアップ目的に資格取得を目指しある一定の結果は出た。 

2011年は、HSK 6級、中国語検定1級 取得、TECC (中国語コミュニケーション能力検定) 900点以上を目指す。

英語では、まだ達成されていないTOEIC 990点取得を目指す。

2011 42 社会人18年目
- 中国語検定2級合格 (2011年11月)

2011年5月から再度、上海に赴任となった。 この場所、この時期でしかできないことに力を集中する (人脈構築、中国語マスター、中国でのマーケティングなど)。

2011年11月に中国語検定2級に合格。 2012年は中国語検定準1級合格を目指す。

上海でもTOEICを継続受験する。

趣味としてファイナンシャル・プランナーの学習再開する。

 
2012 43 社会人19年目 -

2012年5月23日に上海から北京へ引っ越す。 引き続き、この場所、この時期でしかできないことにプライオリティを置いて自己の能力を高めていく。

2012年8月には試験的にスマホ用アプリを開発、リリース。 中国語熟語王(Android携帯専用無料アプリ)

2012年11月の中国語検定準1級、北京での受験は、日程が合わず断念。 来年、HSK(漢語水平考試)高級、中国語検定準1級の合格を目指す。

今後のテーマは、「好きなこと、得意なことをして人の役に立つ。 
自己の能力を高め、身につけたことを世の中に還元していくことで、人の役にたつ人間となる。」

今後も、「Edutainment(楽しみながら学ぶ)、Gamification」を主軸としたコンテンツ、教材を開発していく。


2013

44
社会人20年目 -
北京生活2年目を迎える。 この北京という場所、この時期でしかできないことに集中して行動をおこしていく。 

大学時代の師の教えである「一生勉強、一生努力」を地道に継続、実行していく。 

今年の目標:

中国語関連: 中国語検定1級合格、新HSK6級合格

英語関連: TOEIC:990点

教材関連: スマホ用アプリ第二弾の開発/リリース、書籍の執筆/出版

 

2014
45 社会人21年目 -
北京生活3年目を迎える。 

自己脳内パラダイムシフトの流れとともにそろそろ人生を一度リセットして後半の人生に備える時期がきたか。