「当然やるべきことをやっていないから英語力が伸びない!」 (2001/9/24〜) 森啓成

わたしは、学生時代、ゼミのクラスで、「国際ビジネスコミュニケーション」を専攻していましたが、 この「当然やるべきことをやっていないから英語力が伸びない」という言葉は、 長年に渡って商業英語を教えられているこのゼミの担当教授から教わった言葉のひとつです。 現在も、非常に印象に残っている言葉で、特に自分がスランプに陥ったときには、この言葉の重さをひしひしを感じます。

学生達からよく英語力を伸ばす秘訣を聞かれるが、そんな学生に限って、当たり前にやるべきことをやっていないから英語力が伸びない。与えられた課題を完璧にこなせば英語の力というのは必ずつくものだ。」 (当時、このゼミでは、課題の一つとして、「やさしいビジネス英語」、「ラジオ英会話」を毎日聴き、「週間Student Times」を定期購読するというものがありました。 毎週、これら3種類の教材の中から出題されるテストが行われていました。)

確かに通訳、翻訳のプロとして食べていくレベルになれば、センス、適性というものが必要になってきますが、一般の英語学習者にとって当然やるべきこと(例えば、購入した教材、書籍を完全に消化するとか、単語を毎日10個覚える、等)をやっていれば、要する時間には個人差があるにせよ、英米人と日常会話ができるくらいのレベルには、よっぽどの問題がない限り、殆どのひとは達することができるはずです。 英語力は、そのレベルが上に上がれば、上がるほど、伸びるのに時間がかかり、ブレイクスルーを迎えるのには相当の労力と根気を要します。 そんなときに、当然やるべきことを継続してやっていくことの難しさをつくづく感じます。 現在、様々な分野で一流と呼ばれる人やプロと呼ばれる人達は、一見、当たり前に思えるようなことでも、継続して実行したからこそ、その道を極めるに至ったのではないでしょうか。 別の言い方をすれば、多くの人は当たり前にやるべきことを継続してできないか、途中で止めてしまうから結局、いろいろなことに対して中途半端な状態で終わってしまうのではないでしょうか。


英語というのは、言語的には、他の言語に比べ、発音、文法の面で、習得し易いと言われ、国際政治、経済の影響もあると思いますが、現在、世界の共通語となっています。 しかしながら、多くの日本人にとっては、この発音(日本語にはない音素を含む)と文法(日本語とは異なる語順)がネックとなり、中、高、大と10年間近く英語を学んでも、英米人と対等にコミュニケーションがとれないという他の国の方が聞けば不思議に思うような事態に陥っています。 

様々な条件は異なると思いますが、モルモン教徒のかたは、40日くらいで外国語を一ヶ国語マスターするということを聞いたことがあります。また、韓国の三星グループでは、幹部社員には、通常、日本語と英語を話せないとなれないとのことですが、99%の人々は42日間で一ヶ国語を覚えるのだそうです。 日本の自衛隊での語学研修プログラムも過酷ですが、短期間で語学をマスターできるようになると聞いたことがあります。 わたしの周りにもこのような例はあります。 友人の一人は、日本での大学入試レベルの英語の勉強しか経験したことがなかったのですが、社内留学制度で、米国のロースクールに派遣されることが決まり、その大学院選定に必要なTOEFLの点数を2ヶ月くらいのごく短期間で、東部の一流校への入学に必要な点数にまで引き上げました。 

その他、この手の例で、有名な話しは、ハインリッヒ・シュリーマンでしょう。 トロイの遺跡を発掘するという夢を実現するための1つのステップとして語学の学習をはじめ、20歳から22歳の2年間に、6ヶ国語を習得したというのですから驚きです。 母国語のドイツ語以外に、英語、フランス語、オランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語の6ヶ国語を完全にマスターしてしまったそうです。 言語体系が近いものがあるとはいえ、6ヶ国語を2年間でマスターするとは、英語のみの習得に何年もかかっている自分に対し、一種の自己嫌悪を感じられずにはいられません。 これらの例を見てみますと、どうやら、言語の習得に限ったことではありませんが、何かをマスターするには、 第一に、やむを得ず必要に迫られてする場合か、あるいは、興味があって自主的に好きでやる場合が、最も効果が出るようです。 やむを得ず必要に迫られた場合、本来持っているが、普段使われていない潜在能力が顕在化され、「火事場の馬鹿力」的な能力と集中力が発揮されるのでしょう。

はなしが、少々、わき道にそれてしまいましたが、いま一度、本当にやるべきことを真剣にやっていて英語力が伸びないのかを、基本に立ち返って、自問自答する必要があるのではないかと思います。 この文章は自分自身に対する自己反省の意味で、書かせて頂きました。